気功師象師匠の目に映る人生の日々である。人生は旅である。旅は癒やしである。癒やしは神である。癒やしである神のいる風景を求めて現世この世を徘徊するわけである。徘徊かよ。
2011年6月13日月曜日
富士峰軒のざるそばで開運祈願
富士峰軒に入ると、赤いおばさまが「いらっしゃいませー」つーことであっちむいてお出迎えであるのである。
キリンビールもアサヒビールも三ツ矢サイダーもバヤリースオレンジもあるのである。
まあ、これから、武蔵御嶽神社までの参道はその健康成就のご利益も含めた上り坂の修験道であるので、アルコールを飲んだらぐるぐる回ってへろへろになるので我慢であるのである。
ううむ、まだ12時にはだいぶ間があるので、ここで、昼飯供養大祈祷というわけにもいかないので、やっぱり珈琲御神酒ということにしようかと思ったのであるが、コーヒーは400円であるのである。
まあ、実は、あたしゃ以前は観光地の土産物屋さんの食堂で出されるおもいっきりのインスタントコーヒーを飲んだりするのがけっこう好きだったのである。
ところが、最近は、これ、まあ、毎日のお仕事でいつもMacの120円のコーヒーとか、ファミレスのドリンクバーで飲み放題なんて生活をしてると、お土産屋さんのなんだかわからないコーヒーに一杯に400円を浄め祓いする勇気はぜんぜん出ないのである。
それで、ざるそばを注文祈願したのである。
ざるそばの祈祷料は600円であるのである。
昼飯施餓鬼供養ではないのである。
あくまでおやつ大除霊であるのである。
まあ、ざるそばが出てくるまでの間、店内を見てみると、後ろの鴨居の上にこの富士峰軒の創業時のお写真があるのである。
昭和10年(1935)営業開始と書いてあるのである。
今年で創業76年であるわけである。
森永キャラメル森永ドロップとタイアップの看板に富士峰軒の屋号が見えるのである。
最近はさっぱりお目にかかれなくなった学生服に学生帽のお兄さんも卒業証書らしきものを持って晴れやかにお笑いであるのである。
ううむ、昔の写真はなかなかいいのである。
時代を写した写真というものが、写真の存在価値そのものであるかもしれないのである。
あたしは象源教の大司教象師匠であるので、とにかく過ぎたことにはいっさいこだわらない主義であるので、写真を撮っても見たらどこかへ行ってしまうのでなんにも残っていないのである。
このブログの写真でも、原版のファイルはアップしたらどんどん削除してしまうので残ってないのである。
どーせおっ死んじまうのであるからどーでもいいわけである。
断捨離もへったくれもないのである。
ほほう、断捨離も出るかね、Google日本語入力はいけるねどうも。
つーよーなよもやまなどーでもいいことをあれこれしていたらば、注文したざるそばがものすごく小さなざるに乗って出てきたのである。
薬味の皿やそばちょこと比べるとその小ささがおわかりかと思うのであるが、大食い飲み放題生活のあたしは「なんだこりゃ、こんなに少しじゃおやつにもならんぞ」なんて思って食ってみたらば、普通の量でけっこう食いでがあるのである。
なんで、わざわざこんな小さなざるに盛って見かけを悪くするのかわからんが、味も普通でおいしゅうございましたのである。
まあ、うまけりゃなんでもいいのである。
Camera : RICOH GR DIGITAL Ⅲ
写真サイト
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿