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2011年4月21日木曜日

高尾山|清滝駅前


高尾山の最終回であるのである。

まあ、高尾山とは行っても、実際には登山道1号路を200メートルぐらいと、6号路を琵琶滝に向かって500メートルぐらい歩いただけであるので、高尾山ではなく高尾山麓写真集であるのである。


まあ、これ、お昼を挟んで食事前に1時間と食事後に1時間ぐらいの間に撮ったのである。

総枚数はたしか856枚であったと思うのであるが、けっこう短時間に撮れるもんである。


まあ、いかなGRDⅢとはいってもやっぱりコンデジであるので、写りは限界があって、ううむ、と思わないもんでもないのであるが、実際にブログにアップロードしてみると、JPEGで縮小に継ぐ縮小であるので、こまかいことは気にしないワカチコワカチコであるのである。

ううむ、これ誰のギャグだっけ。

時間はどんどん流れてどんどん過去になって記憶は薄れてしまうのである。

芸人は大変であるのである。


まあ、それはともかく縮小してブログにアップロードされた画像を、さらに、ノートPCの15.6インチのモニターで見ると、EXILIMもGRDⅢもあったもんじゃないのである。


まあ、今のところあたしは写真展をやろうてな気もないのであるから、GRレンズのクオリティがあれば十分すぎる絵が撮れるわけである。


いずれにしてもあたしの場合てきとーな場所でてきとーに撮るわけであるから、いくら写りが良くても、ばかでかい一眼レフを構えて巨大なレンズを人に向けるわけにもいかないので、コンデジサイズのカメラが自由に写真を撮れて好都合なわけである。

まあ、今回が山であるから、次回は海かねやっぱり。


Camera : RICOH GR DIGITAL Ⅲ

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2011年4月20日水曜日

高尾山|6号路登山道








まあ、健康ということを考えると、ざっくりと言えば、ううむ、ざっくりねざっくり、死にそうにつらいがざっくりね、とにかく健康には食事と睡眠と運動であるわけである。

食事は適度に睡眠も適度に運動も適度にすれば身体は一番いい状態になるのである。

この適度が重要であるのである。

これが適度でなく、食いすぎれば糖尿病だの脂肪肝だの果ては狭心症だの脳梗塞だのなんてことになるし、睡眠が足りなければ身体のメンテナンスが行き届かなくてやっぱりお病気の素を生産してしまうのである。

運動に関しても健康体の代表の一流スポーツ選手が長生きかというとそーでもないことはご存知のとおりであるので、まあ、健康ということを考えた場合にはらくーな程度の運動を継続するてなことの方がよろしいわけである。

まあ、てきとーにらくーにということであるのである。

人間、いいかげんがちょーどよろしいわけである。

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高尾山|清滝駅周辺の記憶


ううむ、祟られたので再アップであるのである。

まあ、油断してるといろいろ霊の障りがあるわけである。


祟り祟られあらいやんというわけで、まあ、どーでもいいのであるが、めんどくさいねどうも。

まあ、高尾山は神の山であり霊場でもあるわけであるので、不遜なことをいうとお祟りになるわけであるので、弥栄(いやさか)を言祝(ことほ)ぎあなたもあたしも大除霊というわけであるのである。


すごいねどうも、だんだんなんのブログかわからなくなってるのである。

まあ、大霊能者象師匠の写真であるから、そら、ろくなこたあないわけである。


ううむ、こんなことを言うから祟られるのである。

黄泉の国のお歴々を言祝ぎこそすれ、あだや疎(おろそ)かに言い立ててはよろしくないのはいうまでもないことであるのであるが、これがねえ、どうも、史上最低の霊格者のあたしとしては神の社に降神を願った八百万(やおろず)の神さん諸々(もろもろ)に高天原になんてね。

なんだよ、意味がわかんねーぞ。


気を確かに立てなおしてあそこもここも立てなおして、いざ、おねーちゃんと大格闘ならんと、ううむ、下ネタかよ。

三村かよ。

ううむ、つらいね、だめだね、もっと、こう、なんというか、大爆笑とはいかなくても少爆笑ぐらいなんとかね、ほしいね。


人間の運命なんてえものは斯くの如くあやふやであるので、そんなにしゃかりきになっても意味がないっちゃないわけであるので、てきとーにやるのがよろしいわけである。


くそー、祟られたのでまとまらんが、まあ、こんなところでひとつお願いしますよ。

どれどれこんどはどうかな。

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2011年4月18日月曜日

高尾山|清滝駅周辺の記憶


ううむ、まあ、やっぱりあたしもときどき、あたしの人生はなんの為だろうなんて思う時もあるのである。

こんなてきとーで自堕落な人生を送るためにこの世に現されたわけではないと思うのであるが、おもいっきり自堕落にてきとーに生きてるわけである。


なんでこんな自堕落でてきとーな生き方しかできないんだろうなんて反省してみることもないではないのであるが、「ああ、そうか、自堕落でてきとーに生きるように神さんがあたしをお造り遊ばしたんだからしょーがないじゃん」てな逆反省をして、さらに自堕落にてきとーになるのである。


まあ、なにごとも神さん仏さん他のあたしになんの相談もない一方的な思し召しであるので、あたしがどうのこうのしようと思ってもどーなるってことでもないので、まあ、てきとーでいいわけであるが、しかし、こんな生き方でよくStreetPeopleにならんもんだと自分でもときどき自分の運命に摩訶不思議あら不思議を感じてしまうのである。


逆に必死で生きてきてもにっちもさっちも行かなくなってる人があたしの周囲にもたーくさんおられるのであるから、これ、まあ、なんとゆーか、DNAの設計図かねやっぱり。


しかし、まあ、必死で人生をやってきてぜんぜんうまく行かない人は、これ、必死でやってもだめなんだから、あたしのようにてきとーに生きるということを決心すれば人生は開けるかもしれないのである。


象気功でまあ、今までもさんざん、まいどまいど同じことを言ってますが、力を入れると力は出ませんが力を抜くと力が出るということであるのである。


力を抜くと見えてくるものがたくさんあるのであるが、これ即ち大円知鏡であるのである。

あるがままてなことであるのであるが、そこがまた、なかなかね、力を抜かないとね。

ううむ、なんでもいいが、写真がうまいねあいかわらず。

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2011年4月17日日曜日

高尾山|憂鬱なベンチ


どういう事情かベンチに木が寝ているのである。
この木は長い間寝ているらしく、苔も生えて貫禄さえついているのである。


さらにベンチには石塊(いしくれ)もたくさんお座りであるのである。

見方によっては美しささえ醸(かも)しだして、すっかりゲージュツをされておられるのである。


その横にはさらにゲージュツされた植木の皆さんが鎮座ましましておられるのである。

このぐらいゲージュツしてるとさわかささえ感じるのである。


靴がいいのである。

この靴がこの写真をゲージュツにしているのである。

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2011年4月15日金曜日

高尾山|高橋家の天婦羅そば


それでなんとか相席で高橋家さんの蕎麦を食えることになって、あたしはお席にお座りになったのである。

格天井(ごうてんじょう)の格子さえそこはかとない蕎麦屋の趣きを醸しだして、あたしの五臓六腑はアイフヘモオスシを連呼して、胃液はいやがうえにもじゃぶじゃぶじゃーぶじゃぶで、準備万端よーそろであるのである。

お客様セルフコーナーでお茶もそば茶も水も飲み放題であるのである。

あちこち歩きまわって喉が乾いてたのでこれでもかとがーぶがぶ飲んだのであるが、いくら飲んでも怒られないのである。


それで、もっとがぶがぶ飲もうと思ったらば、頼んだ天麩羅そばがお出ましになったのである。

天麩羅はすでに揚げてあったごようすでかちんかちんでありますが、まあ、観光地の土曜のお昼のピークタイムでありますから、そら当たり前であるのであるから文句をいっては仏罰が当たるのである。

当たらないか。

それでも蕎麦はなかなかうんまいので大満足であるのである。

あー、相席でも座ってよかったよかった。


前に座っった相席のおばさんいや失礼、おばさまは鴨ねぎそばである。

天麩羅そばは1250円で鴨ねぎそばは1150円であるのである。

あたしの勝ちであるのであるのである。

うううう、ものすごくつまんない。

まあ、それでとにかく蕎麦をあああなんてうまいんだとひとくちふたくち食ったらば、すぐ蕎麦湯が出てきたのである。

ポット入りであるのである。

蕎麦湯はやっぱり、あの蕎麦湯用の塗り物の容器に入れて出した方が情緒があると思うのであるが、まあ、ポットの方が冷めないから店側としては効率的であるとは思うが、客の立場のあたしとしては情緒もへったくれもなくてなんであるがこれも文句をいうと仏罰が当たるのである。

当たらないか。

まあ、いい、なんでもいい、蕎麦を食おうじゃありませんか。


なんてことをごちゃごちゃとやってるうちに、相席のおばさまはお帰りになって、他の客も食い終わってお帰りになるのである。


店はピークタイムを過ぎたのか、多少すいてきたのである。

まあ、こんなところかね。

どれどれ。

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高尾山|高橋家


高尾山口駅に11時について1時間もぐるぐる歩きまわって、ついには12時を過ぎてしまって、とにかくこれ、手当たりしだいにあちこちくいついていたのではメシはいつになるのかわからないので、とにかく意を決して高橋家に戻ったのである。

そんなに張り切るもんでもないのであるがとにかく意も胃も決してあそこもここも決してうふんそこはちがうわよということで高橋家であるのである。


ううむ、しまった、プロが撮ったグラビアなんかによくあるおもいっきりベタベタのベタ写真になってしまったのである。

でもまあ、わけのわからない象源流リアリズム写真よりもこーゆーベタ写真の方がわかりやすくてけっこう人気があるかもしれないのである。

あたしのような天才とゆーものはなーかなか世間には認められないのである。

天才は忘れた頃にやってくるのである。

ちがうか。

ううむ、つまらん。


そうこうしているうちに中に入ると大混雑であるのである。

そらそうである、早く食えばいいのにうだうだあちこちくいついたりかみついたりしてるうちにすっかりお昼のピークタイムになっちまったのである。


席は満席であたしの席がないのである。

べつに予約をしてるわけでもないので、土曜日のお昼時に観光地の食堂に入れば満席であたしの席がないのは当たり前であるのである。

人生はなにごとも当たり前にできてるのである。


でも、あたしはこの高橋屋の蕎麦をなにがなんでも食う決心であるので、その決心は微動だにしないのである。

でも胃はどんどん微動して、「ハラへったああああっハラへったああああっなんとしろーっ」とおわめきであるのである。

そこでついにさらに意を決して胃を決してあそこも決してうふんそこはちがうったらだめよんということではっきりくっきりもっきりと言ったのである。

「あのー、おねーさんおねーさん、どこでもいいから、あのね、相席でいいから、蕎麦食わせてお願い」

果たして象師匠は高橋家の蕎麦を食えるんでありましょうか。

まあ、待ってりゃ食えるけどね。

ううむ、ブレててなかなか臨場感があっていいね。

これから仕事なので、続きは午後である。

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2011年4月13日水曜日

高尾山|不動院参拝


ううむ、とにかく象源教の教祖の象師匠としては、そのお題目のお不動さんにお参りしないと仏罰があたるのである。

花粉症のおにーさんもお参りしようかどうしようかと考え中。

ちがうか。


おお、中になんか張り紙がある。

こっこれはきっとありがたーい仏様のお導きに違いない。

読むぞっ読むぞっ読まずにおらりょうかあああああああああああああああああああああああああっどえいいいいいっ。

え?うるさい?


人の道は心にあり、心は行いにあり、高尾山。

うううううう、ありがたくて涙が出てきよるばいね。

あたしの道も心にあるんばいねー。

心はアレばっかりだもんねー。


ここはひとつこのおじさんといっしょにお不動さんを拝み倒して道を心にするばい!

のーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらーかんまんんんああのーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらーかんまんんんあほれのーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらーかんまんんんあどっこいのーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらーかんまんんんうおおおおおおおっ。

どおおおだあああああっ、これで道が心になったろおおおおおっぐああああああっ

え?そんなにあたしうるさい?すんまへんなあ、悪気はおまへんねや。

え?おかしな関西弁はやめろ?えろーすまんこってかんべんしとくんなはれやだんさん、わてほんまは関西人なんでんでんねん。

ううむ、どんどん着陸点が見えなくなるのでとにかく中に入ってお賽銭あげんとどもなりまへんがな。


ありゃ、真っ暗だ。

これ怒られるからあした書き直さないと。

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