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2014年3月1日土曜日

河津桜まつりの河津桜並木



2月某日の夕方のテレビのニュースで伊豆の河津町のカワズザクラが満開てなネタをやってたので、「ううむ、やっぱりこれは桜の下にアレが埋まっているのかどーなのか確かめねば桜探偵としての御役目が果たせなくなって、お役御免になるかもしれん、早速いてこまそうではないか」つーことで、東名高速を飛ばして静岡県賀茂郡河津町の河津桜まつりの河津桜まつり期間限定仮設トイレ完備の10番駐車場に駐車料金500円を払って悠然と降り立ったのである.

それが、まあ、曇天の雨模様の当日のお天気にも関わらず、これが、ものすごい観光客の数で、観光ツアーバスから降りた大勢のちゅーごくのお金持ち小金持ちの皆さんも、河津桜並木をカメラを持って上機嫌でお楽しみであるのである。

カワヅザクラ(河津桜)は、日本にあるサクラの一種である。オオシマザクラとカンヒザクラ(寒緋桜)の自然交雑種であると推定されているつーことであるのである。

ヒガンザクラではなくカンヒザクラであるのである。;

カンヒザクラはヒカンザクラ(緋寒桜)と呼ばれることもあるが、ヒガンザクラ(彼岸桜)と混合されやすいため、近年はカンヒザクラと呼ばれることが多く、大変ややこしいサクラであるのであるが、別名タイワンザクラ(台湾桜)、ヒザクラ(緋桜)とも呼ばれるのであるが、ネタはカンヒザクラではなくカワズザクラであるので、この辺でお開きであるのである。

カワズザクラは1月下旬から2月にかけて開花する早咲き桜で、花は桃色ないし淡紅色で、ソメイヨシノよりも桃色が濃く、また花期が1ヶ月と長いのであるのであるが、花期については、あたしがそれを毎日観察して観察日記をつけたわけではないので、あくまでも聞きかじり読みかじりであるのである。

1955年に飯田勝美さんつー人河津町の田中てな場所で、原木を偶然発見したことが由来であるつーことで、当初、地元では発見者の飯田家の屋号から「小峰桜」と呼ばれてきたそーでであるが、その後の学術調査で新種と判明し、1974年に「カワヅザクラ(河津桜)」と命名され、1975年に河津町の木に指定されたのであるのである。

現在も原木は飯田さんちのお庭に存在し、あたしもそれを心ゆくまでじっくりとご鑑賞なされたのであるが、だから何だと言われても、お答えのしようもないのはゆーまでもないことであるのである。

その原木はざっくりと推定樹齢50~60年つーよーなことであり、また、1968年頃からこのサクラがあちらこちらに増殖されるようになったつーことで、河津町はカワズザクラだらけであるののである。

カワズザクラの名前の由来となった河津町では1981年より、毎年2月10日前後から3月10日前後にかけて河津桜まつりが開催され、河津駅近辺の河口から河津川にそって「河津桜並木」が現在では約4km続いており、毎年この時期になると大勢の物見遊山観光客でにぎわうつーことであるが、あたしもその物見遊山観光客のひとりであるわけである。

ちなみに夜にはライトアップされるつーことであるが、あたしは夜までおられなかったので確認はしてこなかったのである。

人生はサクラのようにパッと咲いて絶頂期にパッと散りたいわけである。

しかし、実際にはぐだぐだと咲いたか咲かないかわからんのにある日意味もなく散ってしまうのが、あたしら一般衆生大衆愚衆の常であるのである。

それもこれも含めて、桜を見なければその下に何が埋まっているのかは確認しようもないわけである。

何を言ってるのかあたしにだってわからんのである。

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2011年3月28日月曜日

昼の花


前々回は通りがかりの道端に落ちた椿の花であったのであるが、これは我が家の庭の椿であるのである。

まあ、GR D Ⅲで撮ればそこそこよろしい写真になるのはわかるが、これが6800円のEXILIMで花を撮ったらどうなるのかということで撮った写真であるのである。

このままカレンダーになりそうな写りであるのである。

こんなに写ってしまうと、写真は被写体の問題であって、カメラの性能なんてのはどーでもいいんじゃなかろうかと思うような一枚になってしまったのである。

マニアが一眼レフで3脚据えてもなかなかこうはとれないのである。

そこが写真の摩訶不思議であるので、やたらと高いカメラを買ったからといって、これと同じ写真になる保証はないので、しろーとの皆さんはメーカーの宣伝やマニアの噂に惑わされないようにしないといけないのである。


アングルを変えてもこの写りであるのである。

これ、オートであるのであるから、誰が撮ってもこうなるわけである。


まあ、それで、これは被写体が花だからこんなによろしい写真になるのだろうと思って、その辺の葉っぱを移したらどうなるのかということで撮ってみたのであるが、やっぱりこの写りであるのであれう。

すごいねどうも。


まあ、最期はこれであるが、これもいわば「バッチリ」あるのである。

カメラだけにパッチリかもしれないのであるが、あたし的にはバッチリであるのである。

Camera : CASIO EXILIM EX-Z330

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2011年3月27日日曜日

夜の花


我が家の庭に水仙が咲いたので早速お撮りになったのである。

ううむ、いいね、とてもしろーとのコンデジ手持ちのてきとーシャッターとはとても思えない写真であるのである。

秋山大先生がライティングに命をかけて三脚立てても、こうは撮れるもんじゃないのである。


アングルを変えてみてもこのとおりであるのである。

天才とは天の才であるのである。

バカボンであるのである。

バカのボンであるのである。


さらにアングルを変えてみてもバカボンであるのである。

こんなバカボンを放っておくのは世界の写真界の損失であるのであるが、世界の写真界があたしについてこれないだけであるのである。

言うのはただであるから言いたい放題であるのである。


少し寄ってみるのである。

ズームであるのである。

しかし、この GR D Ⅲ は単焦点であるので、走ってズームであるのである。


さらに走ってズームであるのである。

GR D Ⅲ は体力が必要であるのである。


さらにさらに限界までズームして、花の雄しべと雌しべの中までのぞいてみるのである。

なかなかエキセントリックな画像であるのである。


ズームアウトしてみる。

もちろん走ってズームアウトであるのである。

しかし、すごいね、こんな花の写真、いったい誰が撮れるのかね。

ああ、あたしでも撮れるのね。

うふん。

Camera : RICOH GR DIGITAL Ⅲ

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2011年3月25日金曜日

赤い花


ううむ、この木漏れ日の具合がなんともね、いいやねなかなか。

この写真で何を言いたいかというと、この木漏れ日と点々とした小さな赤い花ね、これが言いたいわけね。

まあ、つまりこれがセンスね。

扇子じゃありませんよ。

え?だまれ?ハイハイ。

仕事の途中に道を歩いてたら、竹林で暗くなった道の奥の方になにやら赤いものが落ちているのである。

よく見回すと足元にもあちこちにこの赤いものが落ちてるのである。


近くに寄ってみると椿の花が落ちてるのである。

3月も終わりであるから、まあ、椿の花は落ちるわけである。

椿の花というと、花が散らずにクビからポトンと落ちるのであまり縁起が良くないてなことできらう向きもあるのであるが、べつにそんなことをいわれても当の椿さんは神の思し召しによりそのように造られているわけであるから迷惑な話である。


それで、さらに寄ってみた写真であるのである。

赤い花が川を流れて行くようじゃございませんか。

もう、感動のあまり涙も溢れて来よるのである。

もちろん嘘泣きではありますが、この赤は椿の花以外ではおめにかかれないような独特の赤であるのである。


さらに寄ってアングルも変えてみるのである。

ますます、よろしいじゃございませんか。

ううむ、まあ、被写体がよろしいと、落ちてる花でも写真になるもんである。

もっと、むちゃくちゃな被写体にならないものをげーじゅつにしてみたいもんである。

Camera : RICOH GR DIGITAL Ⅲ

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2011年2月19日土曜日

花屋の店頭


花である。

生命の息吹(いぶき)である。

花はこの時期を迎えるためにこの世に存在するのである。

花開くというとおり、花が開くのは生命力の象徴であるのである。

人も花開くためにこの世に生まれ生きるのである。

なぜ神は花を人の目にこのように鮮やかに映るようにお作りになられたのか。

花は色も含めてその形そのものが波動を生み影響を与えるのである。

その波動を得るために人は花を好み慈しむのである。

総てはこの世宇宙の成就のためであるのである。

つーことで、昨日、仕事で通りかかった花屋さんの店頭の風景であるのである。

まだ、2月であるのに、花屋さんの店頭は春真っ盛りであるのである。

あたしのおつむも年がら年中、春真っ盛りであるのである。

Camera : CASIO EXILIM EX Z-330

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