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2011年5月6日金曜日

大國魂神社・宝物殿・忠魂碑


大國魂神社本殿の両側には国内著名の神、六所ろくしょ (小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神・杉山大神)を奉祀して六所宮とも称せられるのである。

主祭神の多くに大神も含めて七大神で、大神だらけであるのであるから、そら大國魂神社の霊験ご利益はものすごいものがあるのである。


さて、拝殿で十分に参拝をして、さらにどこかの教祖だか祈祷師だかのおじさんの霊気も十分にいただいて、あたしの魂も十分に浄化されたので速やかに退散する所存であるのである。


参道にさわやかでスピリチュアルな神気霊気が溢れて、あたしの魂はさらに浄化されて運気はこれでもかと上昇するわけである。

なーにしろスピリチュアルであるのである。

なーにがスピリチュアルだなんて言ってはいけないのである。


大鳥居の下ではボーイスカウトの子供たちが緑の募金をなされておられるのである。

あたしだって、鬼でも蛇でもないのであるからもちろんポケットの小銭を総ざらいで募金をしてシールでくっ付く緑の羽をもらったのであるが、すぐなくしたのである。

大鳥居のその先には国指定天然記念物の馬場大門のケヤキ並木(ばばだいもんのけやきなみき)が続いているのである。

人生はなるべくしてなり、ならないべくしてならないのである。


Camera : RICOH GR DIGITAL Ⅲ

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大國魂神社・霊気を受ける人達


大國魂神社では、厄除、八方除、初宮詣、七五三詣、交通安全、家内安全、学業成就、商売繁盛等のご祈祷をご奉仕いただけるのである。

「等」であるから、ご利益は他にもいろいろあるわけである。

まあ、なにしろ大神様であるわけであるから、その気になればたいていのことは成就されるわけである。

ありがたいありがたいなんて感涙に咽(むせ)んでいたらば、お宮参りの子供さんをつれたご家族の向こうの方で、来るときに宮乃咩神社で霊気を振りまいておられておられた皆さんが拝殿の前でもおじさんから霊気をいただいているのである。


ううむ、これはあたしもおこぼれを頂戴しない手はないだろうとすぐ寄ってみたわけである。

なにしろGRDⅢは単焦点であるので走ってズームであるのである。


信者の皆さんは神妙な面持ちでおじさんから霊気をいただいておられるのである。

あたしにもちょうだいねえお願いとまたまた大念力をおじさんに送ってみたのであるが、ぜんぜんおじさんは反応なしで、信者の皆さんに霊気を振りまいておられるのである。

それではあたしも信者さんの仲間入りということで、おじさんの霊気に吸い寄せられて集まってる地縛霊憑依霊眷属神の皆さんといっしょに後ろに並んでみたのであるが


そしたら、並んでるおばさまに「なにしてるのあんた、あっち行って」と怒られたのである。

ごもっともであるのである。

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2011年5月5日木曜日

大國魂神社・拝殿参拝


大國魂神社の御祭神は、大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)であるが、これは武蔵の国魂の神と仰いでお祀りしたものであるのである。

まあ、神社の表記によると、この大國魂大神は素盞鳴尊(すさのおのみこと)の御子神で、昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教えこの国土を経営されたということである。


御子神とは、神社において親子関係にある神が祀られる場合、子に当たる神のことを御子神(みこがみ)または苗裔神(びょうえいしん)というのであり、「御子神」という言い方をする場合は、 親子ともに主神である場合や、親神が主神でその子も共に祀る場合であるが、まあ、とくにこの大國魂神社に素戔嗚尊さんが祀られているとはどこにも書かれていないので、この場合、親子関係を表しいるということであると思うわけであるが、神社に直接、お聞きしたわけではないので、もしかしたらどこかに祀られているかもしれないのである。

ううむ、長いな、読者は読む気力があるかな。


とにかく怪力無双の素戔嗚尊さんのお子さんであるわけであるから、そのご利益威力はパワフルであるのである。

皆さん、これでもかといーろいろお願いしておられるのであるが、口をすっぱくして言いますが、神さんにお願いしてはいけません。

神様の日頃の理不尽な罰と力の行使に、ひたすら感謝とお礼の気を送るのが正しい神社参拝の法であるのである。

あたしたちはそのありがたい神罰を受けるためにこの世に現されているのである。


てなことを言ってるのに、場所柄、競馬新聞を持ったおじさんが神妙な面持ちで参拝に来られたのである。

おじさんおじさん、神様にお願いしちゃいけませんよ。

神様に迷惑ですよ。

オケラになりますよ。

まあ、いくら象師匠の大霊力で念を込めて言い聞かせても、おじさんに感応スイッチが入ってるわけもないので、無駄だろうなあ。


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2011年5月3日火曜日

大國魂神社・拝殿


さてさて、頼まれもしないのに、見ず知らずのおじさんおばさんお兄さんお姉さんに憑いた邪神邪霊のお祓い大除霊も済ませて、体内の不浄のものも排出浄化して、いよいよ大國魂大神に参拝の運びとなったのである。

拝殿では老若男女がどんどん参拝をなされて大神様のご利益にあやかろうとお子様もご一緒に拝み倒しておられるのである。


あたしだって負けてはいられないのである。

皆さんに混じって怒涛の拝み倒しで大神様の神気を受けてチャクラを活性化させるのである。

まず、何はともあれ賽銭箱に清水の舞台からダイビングの気合いで大枚1千円也を入れて、へてから、ううむ、神聖な拝殿の前でへてからはないか、まあ、いい、とにかく、一揖(いちゆう)して、まあ、一揖てのは軽く礼をするのね、へてから、いや、へてからじゃなくて、先に進まないからまあいい、とにかく一揖してから二拝二拍手一拝して最期に再度一揖するのである。

どうですか皆さん、まず一揖でありますよ、その後、二拝二拍手一拝して、まあ、二礼ニ拍一礼でもいいのであるが、さらに一揖であります。

くれぐれも大神様にしっつれいがあっちゃいけません。


神様ってのはご存知のとおり肝っ玉が小さいですから、ちょっとでも気に入らないとすーぐバチ当てられますから、もう先方様のゆーとーりにやることが肝要であるのでありますよ。

こちらも努力もしないで神頼みでなんとかしようなんてろくでもない輩でありますから、大きなことはいえません。

あたしが神様にはお礼を言うだけで絶対にお願いしてはいけないと口をすっぱくして言ってもそんなこたあ聞く耳もたないでしょうし、どなたも面識も紹介状もない神様に一方的に金が欲しいとかいいおねーちゃんをなんとかして欲しいとか言いたい放題で身勝手なことをお願いするわけですから自分の立場というものをわきまえて粗相のないようにしなくちゃいけません。


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2011年5月2日月曜日

大國魂神社・御祈祷受付所


宇宙の彼方より降り注ぐ天照皇大神のエネルギーを手のひらにいただく皆さんの波動に誘われて集まったものを頼まれもしないのに式神を降神して浄化浄霊除霊して差し上げたらやっぱりトイレに行きたくなったのである。

これはなんでかわからんんが浄霊除霊の後はトイレに行きたくなるのである。

知人の気功治療の大センセイに「なんでか?」と聞いたら、「なんでかはわからんがボクもトイレに行きたくなる」というご意見であるので、まあ、体内に取り込んだ不浄なものをいっしょに体外に出すということであると思うわけであるが、あたしにも理由はわからんのである。

象師匠にもわからないことはあるのである。

神のお筆先でお授けのまま書いてるだけであるので、本人はごくいいかげんな霊能者であるのである。


さて、トイレはどこかと探したが見当たらないので、誰かに聞こうと思ったら、あそこに何やらよろしい香りがなさるのである。

おお、あの巫女さんに聞いてみるしかないのであるが、ううむ、巫女さんにトイレの場所を聞くのもなんであるが、しょーがないのである。


ううう、妙齢のお嬢さんではありませんか。

この人にトイレの場所って、恥ずかしいが他に聞く人もいないので聞くのである。

それで、とにかく「あのー、すいません、トットットイレはどこでありましょうか」と聞いたらば、「あちらの社務所の建物の裏です」と教えてくれたのである。

当たり前である。

知りませんなんていうわけはないのである。


それで、ものすごく遠い社務所の裏の奥にあるトイレであるのである。

さわやかに憑依霊地縛霊浮遊霊などといっしょに水洗のお水で流して、身体をすっかり清浄に戻してさて、改めて大神様の前に参るのである。


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2011年5月1日日曜日

大國魂神社・光を受ける人達2


この皆さんはいつまでたってもお空を仰いで天照皇大神のお光を手のひらにいただいておられるのであるが、中には飽きてしまって後ろ手に組んでるおにーさんもおられるのである。


「これこれ、そんな不信心なことではありがたい高天原に神留ります八百万の神々のご利益はいただけませんよ」とおにーさんに念を送ってみたのであるが、おにーさんは振り向きもしないのである。


こちらのお二人にも念の波動をこれでもかとお送りしてさし上げたのであるが、だーれも感応しないのである。

ああ、皆さんただのあれこれ信じやすいふつーの人で、あたしだけがぱーの人だったのである。

あたしの霊気の波動でこの皆さんの肩や首の周囲にとり憑いておられた眷属神や浮遊霊地縛霊の皆さんが感応して寄って来られたのであるが、おまえさん達には用はないということで無碍に式神を呼んで祓ってあげたのである。

大霊能者象師匠が無料で大除霊であるのである。

ああ、ありがたいありがたい。

あたしのおつむは大丈夫なんでしょうか。


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大國魂神社・光を受ける人達1


はてさて、あちらの方から漂(ただよ)ってくるわけのわからんお幸せの気はなんなんでしょうかとゆーことで、カメラはさらに寄ってみるわけである。

皆さんで天を仰いで天照皇大神の放つ神の光のご利益を手で受けてご満悦のご様子であるのである。


まあ、手は気を一番感知しやすい部位であるうえに、重要な気の出入口でもありますので、まあ、そこに太陽からの電磁波である光を受ければ、それなりに体内は活性化しますので、やってることはあながち間違いでもないわけであるのであるが、まあ、信ずるものは救われるわけである。


緑のおばさまが指導者なのかなんなのかいろいろ解説してるようでありますので、さらに寄ってみるわけであるが何を言ってるのかわからないのである。

まあ、あたしみたい話し声をファミレスで注意されるような1里四方に響き渡る大声だと、この手の教義なんぞの場合には差し障りがあるでしょうから、小声の方がいいとは思うのであるが、それにしても小さくてわからん。


神のご利益を願い手のひらに天照皇大神の神気霊気を受ける皆さんの背中の周囲には、皆さんには見えないいーろいろなものが寄り集まってきて、さらにてんやわんやの面白状態であるのである。

まあ、神社にはそこに所願を建てる人の情念想念が集積して属神眷属となり境内にうようよしており、それが同様の霊気波動を求めて寄り集まるわけである。

たとえば欲のための所願を建てるようなうっかりした心持ちで神社に参ると、その波動に感応したわけのわからないものを背中に背負ってお帰りになるのである。

欲のための所願とは「神に何かを願うこと」であるのである。

神は願いを聞くことはないのである。

まちがっても、願い事をしてはいけないのである。

神社参拝というのは霊験があろうとなかろうとひたすら感謝の気持ちを神に伝えることであるのである。


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2011年4月30日土曜日

大國魂神社・拝殿前境内


拝殿入り口の中雀門を入ると社務所と刺繍入りの半纏のおじさんが落ち葉などをお掃除されて境内を清めておられるのである。

神様も人件費が大変であるのである。

大きなお世話であるのである。


入口付近ではカバンを持ったお仕事の途中らしいおじさんが神の光を浴びて直立不動であるのである。

まあ、神の光かどうかはその本人の思い込みしだいであるのであるが、お顔は大國魂大神のご利益でうっとりとなされているように見えるのであるが、本人に聞いたわけでもないのでどーだかわからないのである。


正面ではやっぱりおじさんが神の光を浴びてその霊験に直立不動であるのである。

でも、時計を見てるのかねどうも。

その向こうから、またまた何やら怪しげな霊気が滔々と押し寄せてくるのであるが、どうも女性を中心とした太陽を仰いでいる一団の皆さんの気であるらしいのである。


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