2020年4月18日土曜日

高尾山の行場清滝でコロナ退散を祈願する



コロナの影響で人がいない高尾山ケーブルカー清滝駅である。

いつもは平日でも大賑わいであるが、さすがに緊急事態宣言で不要不急の外出の典型の高尾山ハイキングはちらほらの人影である。

それでもケーブルカーに乗る人が数組おられて、ケーブルカーの中を見たら前の方に寄り集まって、窓が多少開いてるとはいえ密閉密集密接をみごとに実現されていて、おいおい散らばれよということである。



あたしはもちろん不要不急の暇つぶしにきたわけではなく、古今東西史上最強の天才霊能者としての霊能力を発揮して、新型コロナウイルス退散折伏を祈願するために霊験あらたかで知られる滝行の行場清滝で滝に打たれて疫病退散に向けて神を褒め倒す「ありがたいありがたい」を絶唱しに来たのである。

祈願とは言っても、神は祈られることも願われることもお嫌いであるので、ひたすらお礼を述べて「あんたはエライ!」と褒め倒すわけである。

行場の前の階段に立ち、さて服を脱ぎ捨てパンツ一丁の神事鳥船もいさましく「えいやっ」と滝を浴びようと思ったら、「行場につき立入禁止」という立て札が立っていて、あらいやんと無念のリタイアである。

ちゃんと調べてこい、ばーか。

滝は浴びずとも古今無双の予知能力も冴え渡る今日このごろであるから、日本の国難一大事に怒涛の氣を発っして人類を救わんと欲する人生行路の闇夜の夜明けは遠いのである。

意味不明かよ。


山は新緑が輝き生命の息吹をいかんなく吹き上げ、周囲はこの世の極楽のおもむきであるが、世間は緊急事態宣言自粛の嵐が吹き荒れて、さながら地獄の一丁目のおもむきである。


そば屋の立ち並ぶ駅前商店街も人っ子一人いない寂しさで、ああ、やはりこの世の終わりは来たりなんという面持ちで歩けば、ううう、いいかげんに書き始めたら詰まった。


清滝駅から京王高尾山口駅までの道も無人の状態で、この世の地獄はひたひたと足音を忍ばせてにじり寄りあたしの心胆を寒からしめるそこはかとない心の拠り所である。

でたらめかよ。


なんでもいいから人に会いたいと懇願しても人の影は見えず、あたしは人類滅亡の地球に一人取り残されたアホである。

誰がアホだ。


おお、遠くに人影が、やはり地球はまだ滅亡してなかった、ありがたいありがたいと心もうきうきあそこもめきめきである。

めきめきなの?


心が晴れ渡り、花も咲き乱れ、ああ、日本の春はこうでなくちゃねとうふふ。

あんた、めんどくさくなってるだろ。


さて、緊急事態にも関わらず元気にご開店の酒まんじゅうの店には誰かいるだろうとのぞいたが、だーれもいないのである。


これじゃ売上は平常時の100分の1かねといらぬ心配をしてしまうお人好しの象師匠であるが、たけしも来たし安倍も来たのである。

こらこら日本を代表する芸人アーティストと日本国総理大臣を呼び捨てにするんじゃないっ。


わはははははははのはーっはっはっはっは。

笑うな。


どこまで行っても人はいませんが、遅咲きの桜が咲いてるのである。


もちろん近くによって桜を愛でてうふんとつぶやいてみたのである。

何言ってるの?

わかりません。

ありがたいありがたい。

終わります。


2020年2月20日木曜日

東京都神代植物公園を歩く



東京都調布市にある東京都神代植物公園のバラ園の真ん中にある噴水である。

前にはなにやら宮殿の模倣らしき休憩所もあって、なかなか雰囲気がよろしいのであるが、当のバラ園は時期外れで枯れ枝の園である。

ううむ、いずれにしてもバラにはなんの興味もないのでどーでもいいのは言うまでもないことである。

ぶっちゃけて言うと、昼飯に深大寺そばを食いに立ち寄ったついでに「どんなんかー」と歩いてみたのである。


深大寺のそば屋の集まったあたりから坂をえんやこらと登ってくるとこの公園の「深大寺門」にご到着するのである。

料金は一般が500円で65歳以上は250円で中学生が200円で小学生以下は無料である。

たいへんお安いのでご用とお急ぎのない方はぜひ散策を楽しんでいただきたいが、あたしはびんぼー暇なしで御用があるので、今後も深大寺そばは食いに来るがこの公園のご訪問は今回が最初で最後であるかもしれないのである。


それで、この日は梅が咲き始めた時期らしく、公園内の梅園ではあちこちで早咲きの梅がちらほらほころんでいるのである。


もちろん、あたしは梅にもまったく興味がないのであるが、天才写真家としての習性で、来たからにはいちおうお写真を撮っておくのである。

だれが写真家だ。


梅園には写真マニアのお年寄りが高そうなカメラをもってあちこちでご撮影であるのである。

あたしはもちろんスマホであるが、デジカメと大差ない写りの昨今のスマホに席巻されてしまった感のある今のカメラ業界を支えておられるのは、この手のご老人カメラマンなんだろうなあと多少の感慨をもってあれこれながめたわけである。

ながめたのかよ。


バラ園の前にある大温室である。

さすがは都の予算ということなのかなんなのか、なかなか豪快な金の使いっぷりで、まさに大温室であるので、公園にお越しの際は一見の価値ありであるなあと思いながら壮大な大温室をながめたのである。

この大きさじゃ、ながめるよなー。



熱帯スイレン室である。

熱帯のスイレンの花がプールにあれこれ咲いているのであるが、スイレンにも種類があるらしく、趣味の人にはたまらんものかもしれんなあと感慨をもってながめたわけである。

またながめたのかよ。

まあ、なにしろコロナウイルスが大暴れを始めた時期でもあるので、マスクをした方もちらほらおられて、なるほどなーと感慨をもってながめたわけである。

ながめてばっかりかよ。


大温室内にはあれこれの花が咲き乱れているのであるが、悲しいかなあたしは花にはまったく興味がないので、なんの花なのかさっぱりわからないなあと思いながらながめたわけである。

しらべろよ。

やだよーだ。

お約束かよ。


なにしろでかいので、数限りなく花のお写真を撮りまくったのであるが、全部載せるわけにもいかないので、大温室内の様子がわかるものということである。


温室内にもマスクをした方がおられて、まあ、温室内であるから感染者がおられたらいっしょに蒸されてしまうので、覚悟しなければならないわけであるが、あたしはもちろんマスクをしない主義であるので、いつ感染しても不思議はないなあと思いながら知らない花をながめたわけである。

しかし、ながめるよねー。


まあ、お花ってきれいねとおためごかしを言おうと思ったが、ホントに言ったらものすごくバカみたいであるなあとおもいながら、赤や黄色の花をながめたのである。

やっぱりながめたのかよ。


花の名前はひとつもわからんが、これからこれを調べる気もないので、一生わからんままであるなあと嘆息しながら溢れるほどに咲き誇る花々をながめたのである。

ずいぶんながめたねー。


熱帯植物の部屋であるが、中は暑くてむんむんで、ああ、冬でよかtった、これが真夏であったらしむぞと思いながら名前の知らない樹木や草木をながめたのである。

まだながめるの?


てなことである。

いきなり終わるなよ、ながめてから終われよ。


ポインセチアである。

知ってるのかよ、あーらびっくりねと言いながらながめたのである。

あー、ながめてよかった、安心した。


園内散策の途中でグリーンハウスてなカフェでバラの香りのコーヒーとリンゴのタルトを食ったのである。

バラの香りのコーヒーはバラの香りがするのであるが、そののまんまかよと思いながら飲んだのである。

飲んだのかよ、ながめないのかよ。


店内にはコロナウイルス騒ぎにも関わらずエアロゾルを吸い込みに、このあとも多数のお客様が濃厚接触を楽しみにこられたのであるが、もちろんあたしもその仲間に入って存分にコロナウイルスがたっぷりかもしれない飛沫エアロゾルを堪能しながら穏やかな冬の景色をながめたのである。

ながめたわけね、よろしい。


それでさらに腹が減ったので、おやつにこの公園の深大寺門の前にあるそば屋で深大寺そばをお召し上がりになりながら店のご神木をながめたのである。

最後のながめね。


2020年2月17日月曜日

高幡不動尊に疫病除けのお札を受けに行く


まあ、雨模様の悪天にもかかわらず、象師匠におかれましてはこのたびのちゅーごくからの新型コロナウイルス来襲による未曽有の危機にさらされている日本国の災厄を鑑みて、疫病退散の祈願をすべく高幡不動尊金剛寺に詣でたわけである。

なんやねんなこれ。

ううむ、まあ、こんなもんだな。


まあ、とにもかくにも、未曽有の危機はやってくるわけであるので、その前に十分に厄払いをして心も万全さらには体調も万全でことに臨みたいわけである。

だから、なんなんだよこれ、ウイルス以外に他に楽しみはねーのかよ。

ねーのである。

じゃあ、しょーがないしょーがない。

楽しみかよ!こらっ。

遅いだろ。


まあ、雨が降っていて境内を歩き回るのはめんどくさいので、高畑不動尊塔院大ホールという名の無料休憩室の仏様を拝もうということで、とにもかくにも最初は一番エライ人から、いや失礼、エライ神様、いや失礼、エライ仏様から拝もうということで釈迦三尊であるが、釈迦三尊ってなんですの?

しらんがな。

しらべろよ。

やだよーだ。


続いて、当寺のご本尊の不動明王像の写真である、なむなむ。

こらこら、ちゃんと真言を唱えなさいよ。

やだよーだ。


続いて、ついでに大黒天様を拝むのである。

オンマカキャラヤソワカオンマカキャラヤソワカオンマカキャラヤソワカオンマカキャラヤソワカオンマカキャラヤソワカアアアアアアアアアアッオンマカヤキャラヤコノヤロオオオオオオーッ。

こらこら、なんで大黒天は真言をこれでもかと唱えるんだよ。

そらあーたやっぱり金運の神さんでっから、命がけで拝んだりましたでえ、これで、五百円がとこは金運があがりましたやろ。

大阪人になんか恨みでもあるのかね。

いいえ、商魂を尊敬しとります。

やっぱり金かい。

お寺に来てかねかねかねかね言ってるとばち当たるぞ。

そんなら金運の神さんなんか作らなければよろしがな。

そらごもっともです。


さて、ついでのついでに、作家でありダンサーであるあたしら芸人の守り神の弁財天である。

オンサラバステイエイソワカアアアアアアアアッ。

おお、気合が入ってますなあ。

そら、おしゃかさんが何と言おうとヒンズーの神でもなんでも拝んどけ拝んどけである。

ご利益があれば儲けもんだし、なくて当たり前だし、拝んだもんがちですがな。


さて、真言宗の親方の弘法大師様は特に念を入れて拝むのはいうまでもないことである。

もちろん、とくに空海さん用の真言もマントラもないのでなむなむなむなむなんまいだーなんみょーほーれんげーきょーあーめんそーめんひやそーめんっ。

こんなことやっていて、あたしの人生はこの先大丈夫なんでしょうか。


さて、十分に拝み倒したところで、腹減ったので、高幡不動駅近くのインド食堂アンジュナで昼飯である。


これが、大人気で次から次へのご来店で、あっという間に満席である。

まあ、味はともかく飲食店はやっぱり立地と雰囲気であるなあと今さらながらに納得したのである。

味はともかくはよけいだろうといちおう言っとくのである。

いちおうなのね。

こんな混雑した店内で濃厚接触もさながら感染エアロゾルかもしれない空気を十分に呼吸して明日の人生をことほぐわけであるが、まあ、今話題の相模原中央びょーいんのほど近くにあるアリオてなショッピングセンターのフードコートはあたしのダイニングであるので、つい先日も興味津々でことの様子見を兼ねて昼飯を食いにいったりして、今さらどーでもいいわけである。


キーマカレーと南インド風野菜カレーとライスとナンとその他のセットを食ったのである。

それで終わりかい。

理由ははっきり申し上げられないが、よけいなことは言わんとこである。

なるほどね。



つーことで、口直しに高幡不動駅なかのドトールでレタスドッグとチーズティックてなビスケットとオレンジジュースである。

口直しとゆーとるやないか。

てなことでもらってきた、いや失礼、買ってきた、いや失礼、お受けしてきた高幡不動尊の疫病除けのお札である。


これで、不動明王の威力で疫病退散ウイルス駆除は間違いないかもしれないのである。

かもしれないのかよ。

ありがたいありがたいなむなむ。

2020年1月27日月曜日

新倉山浅間公園の五重塔と富士山の絶景ポイントまで登る



静岡県富士吉田市にある新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん)の展望台から富士山と五重塔がいっしょに撮れる絶景ポイントがあるのは、昨今つとに有名である。

春には、満開の桜もアングルに入って、海外の観光客にとっては桜と五重塔と富士山という日本を代表するアイテムがそろうわけである。

しかし、この日は桜は見た通りの枝桜であるので、いまひとつであるかもしれないのである。

山梨県が2011年にタイ王国の観光会社へアピールしたことと、このポイントから撮れる写真がタイの教科書にのったてなことで、山の中腹にある五重塔から登るときからタイ人のおにーさんおねーさんがわんさかである。

まあ、一時期タイに象気功タイ本部という名の別邸をおいていて、いわゆる日本とタイを行き来してたので、タイで有名な景色というのをとにもかくにも一度見てみたかったこともあって、この日のご来駕となったわけである。

もちろん気功師として、癒しの風景はその後の記憶による効果も含めて氣の養生にも深くかかわることであるので、絶景ともなれば、この日の強風をものともせずにお登りになったわけである。

こじつけかよ。


まっかっかに塗られ鉄筋コンクリート製の五重塔「忠霊塔」は高さ約19.5mで、明治時代以降に戦没した市内出身者を合祀するため1962年に建立されたのである。

しらんがな。

まあ、とにもかくにも、ガイドブックなどの影響もあり、「CHUREITO」てなことで、くだんのタイ人をはじめとして訪日外国人観光客からも大人気であるというが、この日にこの五重塔をためつすがめつ見てたのはあたしだけである。

このようにホントのことをいうと各関係に角が立つのであるが、たいして見る人がいなかったんだからしょーがないじゃん。


それで五重塔から山道をえんやこらと登ると、あちこちに掲載されて有名になったこの絶景ポイントに無事到着するのである。

つまり誰でもこのポイントまで登ればこのお写真が撮れるわけであるので、カメラマン気分が味わえるということもあるかもしれないが、あたし的にはあれこれであまりにも見慣れた光景でそれほど感慨にふけることもあるのである。

あるのかよ。



もちろん、おもにタイ人のおにーちゃんおねーちゃんが折からの強風にもめげずに、次から次へと登ってきてごった返しているのであるが、みんなスマホで撮影に夢中である。

撮った写真はどこの国のおねーちゃんおにーちゃんもSNSにアップするてなことであると思うが、しかし、世界中でカメラよりもスマホであろうから、カメラメーカーはたいへんねとどーでもいい感慨にふけってしまうわけがないのである。

ふけらないのかよ。


とにもかくにもこの日は平日でこの騒ぎであるから、日本人観光客もおしよせる日曜祝祭日はいったいどんな混乱なのか想像するに心がウキウキするが、いずれにしてもタイ人の皆さんと同様に撮ってきたものはアウトプットしないと心がウキウキしないわけである。

しないのかよ。

ああ、しなくていいのか。

ややこしいな。


この展望台の上方にある明治大帝つまり明治天皇の像であるが、この像で笑いをとろうとしたりしてへたにいじるとろくなことにならんので、大帝閣下にはたいへん申しわけないが、とくにボケもツッコミもオチもないのである。

それでふつーだろ。

そらそうだ。

あらま、素直な象師匠って好きよ。

たのむからあっち行ってくれ。

見えない人に話しかけるのはよしなさい。

2020年1月5日日曜日

令和二年正月の鎌倉を食う


まあ、なんである、本来は「気功師の食事」にアップするべきであるが、方丈の流れをくむ由緒正しいれっきとした百姓の我が家の伝統で、今後の氣の修行とご挨拶もかねて毎年鶴岡八幡宮に参拝して鎌倉の食をことほぐわけである。

上の写真は鶴岡八幡宮の境内に入る大鳥居をくぐってすぐ左手にある葉山の老舗料理店の日影茶屋による茶寮「風の杜」のありがたーい「餅入りぜんざい650円」である。

しらんがな。

この店の外見をつらつらご覧になって、どうも以前と雰囲気が変わったなと思ったら、去年の6月にリニューアルしたつーことである。

どーでもいいのである。


風の杜の売りは窓からの神奈川県立近代美術館を向こうにした源平池のながめであるが、これも食えないのでどーでもいいのである。

食いものしか興味がねーのかよ。

ねーのである。

鎌倉に来たら海鮮料理で酒を飲むというのがあたしの氣のさらなる精進であるが、これがね、昨今の鎌倉はテレビ番組で頻繁に取り上げられるせいか、小町通りも若宮大路も、にーちゃんねーちゃんであふれかえって大混乱でアップルパイだの鎌倉プリンだのてな店にぎょーれつができて、どうも海鮮料理てなものはさっぱり流行らないらしく、どんどんおなくなりになって見つけるのに往生する始末である。

このキャーキャーワイワイの騒乱を見てると、ああ、もう鎌倉も文化果つる最果ての地となって、あたしら作家の行く場所はなくなってしまうのかと覚悟を決めねばならん事態になってるのかもしれないのである。

誰が作家だ。

はいはい。


それで、若宮大路壇葛付近の路地をうろうろしてようやく「仁遊人」という酒飲みの聖地的なおもむきのある店を発見したのである。

ローマ字で「jiyoujin」とふってあるので、自由人をもじってると思うが、これも食えるわけではないのでどーでもいいのである。


それで、酒といえばやっぱり刺身であるので、食事もかねて刺身定食をご注文遊ばして、とりあえずのビールである。

ああ、なんとか今日のところは氣の昇華ための鎌倉詣での目的もいかばかりか果たして、ビールの後は久保田でのどを潤しアジをアジわうてなダジャレも出る喜びをしみじみとアジわい、深い夜のしじまに溶け込むあれれこれである。

つまんねーやつだなー。

安直なパクりまで動員して、どうしてもぶち壊さないと気がすまないのねアナタったら。


それで、暴飲酒乱の一夜が明けて翌日の、壇葛入口付近にあるホテル鎌倉moriの中華朝食である。

この朝食は、あたしの中では、ホテルでうまいと思う唯一の朝食である。

まあ、ご飯が中国粥であるので、ほとんど水分で、とんでもなくカロリーが低く、ダイエットにいそしむ方にはよろしいと思うが、巨大などんぶりのかゆを完食しても、あたしの場合は少し歩くとはらへってフラフラよてな具合である。

それでも毎年鎌倉にお泊りしたらかならず朝はこれである。

でも、くだんのにーちゃんねーちゃん大混乱の事情で、海鮮料理食って酒飲む店がどんどんなくなって、もしかすると今年で鎌倉詣ではおしまいかもしれないと危機感もつのる今日この頃である。

氣の精進のためには、バカ食いを旨とするあたしも、氣の製造元の血液血管によろしいDHAとEPAを摂取すべく立ち回るのは当然である。

「何言ってやがる、単なる酒のサカナじゃねーか」といわれればぐうの音もプーの音も出ないが、日本酒にあうのはやはり海鮮料理であるのは論を俟たないところである。

もちろん、おフランス料理にはワイン、中華には紹興酒、韓国料理にはマッコリ、沖罠料理には泡盛、タイ料理にはシンハービール、ううむ、どーでもいい、思いっきりくだらん。


そんなこんなで水仙で有名な瑞泉寺に霊氣神氣を受けに来たら腹へったので、おやつに何か食いたいなてなことで「かえで茶屋」てな店を見つけたのである。


おもいっきりの精進料理的な品揃えであるので、ますますの血液サラサラよてな具合でさらに氣は高まり鎌倉詣でのご利益いかばかりかと涙もあふれてウソ泣きしてしまうくらいのあれこれである。

とにかくおやつに赤飯であるので、これはめでたいつーことで今年もラッキーな一年であるのは約束されたようなもんである。

ありがたいありがたい。

なんでも一応ありがたがっとけば無難であるので、ゆーとけゆーとけである。