
チャネリング (channeling、channelling) とは、ふつーの通信手段では情報のやりとりができないような対象とコミニュケーションをとることである。
「ふつーの通信手段では情報のやりとりができない」のであるから、まあ、電話とかメールとかお手紙とかファクスとか無線とかモールス信号とか手旗信号とか拡声器で呼びかけるとかではだめであるわけである。

となると「ふつーでない通信手段」で情報のやりとりをしなければならないわけである。
ふつーでないとなると、これがおつむのちょーしがふつーでない人の独壇場ということになるわけである。

まあ、そのおつむのちょーしがふつーでない人がふつーでない通信手段で情報のやりとりをする対象はというと、たとえば、霊的存在・神・霊界人・死者・宇宙人・未来人・次元の違う世界の住人てなふつーでない皆さんであるのである。

この「チャネリング」というタームは1980年代以降に米国で、さかんに「この意味」で使われるようになり広まった用語である。
このおつむのちょーしがふつーでない人をchannel(チャネル、チャンネル )、あるいはchanneler(チャネラー) と呼ぶのである。
まあ、あたしも大神様のお筆先の自動書記であるあたしもいってみれば、このおつむのちょーしがふつーでない人である「チャネラー」であるわけである。
だから、このブログの写真は霊界通信チャネリングによりそのシャッターが切られているといってもいいわけである。

まあ、あたしも含めたこのチャネラーなんで言い張ってる皆さんは、いずれにしてもおつむのちょーしがふつーでないので、言ってることは支離滅裂である場合が多いのであるが、まあ、たまさかにそうでもないときもあるので、これが、マニアには大受けしたりして、エドガー何とかちゃんなんてのはアカシックなんとかなんてことでさも信憑性のある情報としてファン信者がたーくさんおられるのである。
人間というものはくだらないことでも感動して真実と思い込むと、これがもうなにがなんでもその方向性にこじつけてありがたがるので、まあ、死ぬ間際まで気がつかない人は気がつかないのである。
まあ、しかし、それはそれで人生の彩(いろど)りであり、潤い、オアシスであるわけであるので、一概に馬鹿馬鹿しいなんて罵倒してはいけないのである。

何が言いたいかというとこのどこまで言っても先が見えないほど広大な国営昭和記念公園もチャネリングも脳が創りだした幻想であることには変りないということであるのである。
あなたの脳がなければ、何も存在しないのである。
あたしの神からのチャネリングであるのである。
あなたの神に問えばあなたの神も答えてくれるのである。
それでもし、あたしのようにはっきりと神の声が聞こえたら、すぐ病院に行きましょうね。

Camera : RICOH CX1
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