2011年10月16日日曜日

北口本宮冨士浅間神社・富士えびすと重要文化財西宮本殿で祖霊社も霊気波動


さて、国重要文化財東宮本殿の先に行くと富士えびすの立看であるのである。

北口本宮冨士浅間神社の境内は実に分かりやすくて観光客に新設であるのである。


その恵比寿社であるのである。

社内に鎮座まします御神体の恵比寿様は、かの左甚五郎作であるということであるのである。

恵比寿様といえば、七福神の一柱で、狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的であるということでもわかるとおり、古くは「大漁追福」の漁業の神であったのであるが、時代と共に転じて、ご存知のとおり福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となったのである。

それで、社のウインドウのすぐ手前に大きな鯛を抱えた恵比寿様と打ち出の小槌を持った大黒様がおられるのであるが、これが左甚五郎先生のお作かどうかはわからないのである。

残念ながら、ウインドウが邪魔してお写真は写せなかったのである、ありがたいありがたいとこれでもかと入念に拝み倒しておいたので、あたしの金運商売運はいやが上にも上昇することまちがいなしであるのである。


色合いがなんともよろしいのでもう一枚であるのである。

これはいらねーかな。

まあ、人生は無駄があるからよろしくなるわけである。


つーことで、国指定重要文化財西宮本殿であるのである。

なにしろ国指定であるので、そりゃご利益は大変なものがあるわけである。

何が大変かはあたしにだってわかりませんが、まあ、神のお告げであるので、賽銭箱というの名のご利益代金徴収箱に100円入れてありがたいありがたいと拝み倒すわけである。

ううむ、100円分しかご利益ないかね。

まあ、いいや。


その先にはこのなんとも歴史のありそうな鳥居と社(やしろ)があるのである。


小御岳神社遥拝祠であるのである。

この小御岳神社の本社は山梨県富士山有料道路の終点標高2340mの富士山五合目にあり、山岳信仰の霊地として朱雀天皇承平7年(937)の創建と伝えられ、往古は太郎坊正真または石尊大権現と呼ばれたのであるが、明治初年神仏分離令の施行に伴い小御岳神社と公称されることになり、戦後富士山小御岳神社の社名となったのである。

小御岳神社の由来の小御岳(こみたけ)は富士山より先に出現した山であるのである。

本社の例祭礼のうち7月1日の開山祭りは最もよく知られ、大天狗・小天狗が鳥居の注連縄(しめなわ)を切って道開きを行い、その際、女性の負う富士型神輿、さらには飾り神輿が渡卸し、登山者の安全と富士山の平静とが祈られるのである。

御祭神は磐長姫命(いわながひめのみこと)・桜大刀自命・苔虫命であるのである。

あたしは富士登山の予定はないのであるが、もちろん100円払ってありがたいありがたいであるのである。

しかし、これ、この備え付けの箱に100円入れて大丈夫なんでしょうか。


登山道起点の祖霊社であるのである。

まあ、鳥居に富士山と書いてある通り、これも富士登山の安全祈願の神社であるわけである。


あたしゃどうやってもこうやってもおそらく富士登山をする気はございませんが、もちろん100円払うのである。

とにかく、神社に参拝するときは100円玉をごっそり持って行かないと、途中でなくなって、500円玉や千円札を入れるはめになるので、マニアは気を付けないといけないのである。

神様に「はめになる」はないと思うが、はめになるのである。


その先にはずらーっとお社(やしろ)が御並びであるのである。

一難去ってまた一難であるのである。

また、100円ずつ取られるのである。

仮にも神様の皆さんに向かって「一難」とは、失礼千万な物言いであるのである。

「仮にも」はもっと失礼千万であるのである。


まあ、とにもかくにも、左から100円ずつ、日之御子社、池鯉鮒社、倭四柱社、日枝社、日隆社、愛宕社、天津神社、国津神社、天満社であるのである。

900円も取られたのである。

「取られた」ってしかし。


奥の方が見えないのでもう一度、赤い社の日枝社、日隆社、愛宕社、天津神社、国津神社、天満社であるのである。


反対側からも拝んでみるのである。

900円も取られたのである。

だから、「取られた」って、あーた、神様だからしょーがないでしょ、いや、あのね「しょーがない」って。

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