気功師象師匠の目に映る人生の日々である。人生は旅である。旅は癒やしである。癒やしは神である。癒やしである神のいる風景を求めて現世この世を徘徊するわけである。徘徊かよ。
2011年9月20日火曜日
東京ドームで応援団長もリズムはドーパミンで健康増進
マウンドの練習用の防護ネットも片付けられて、いよいよプレーボールも間近であるのである。
背番号6SAKAMOTOと背番号2OGASAWARAのお子様もいまかいまかとお待ちかねであるのである。
牛めし弁当を召し上がってる人もメールをしているお父さんもいまかいまかとお待ちかねであるのである。
わけのわからないところをデジカメで撮ってるマスクのおばさまもいまかいまかとお待ちかねであるのである。
ついに応援団長も登場してプレーボールでいよいよ応援の始まりである。
応援団長が若いぞっ、いいぞジャイアンツって、ううむ、若いだけにどうもむかしとリズムが違って応援が16ビートで拍手が追い付かない。
あたしみたいなおっさんは村田英雄のリズムでうしろのおっさんも村田英雄のリズムで応援団長はEXILEのリズムで、あたしゃダンサーなのに追い付かない。
背番号6のSAKAMOTOユニホームのおねーさんもとなりの美人のおねーさんもにこにこ満面の笑みであるのである。
ああ、あたしもおとなりでいっしょに応援したいものであるが、指定席であるので泣き別れであるのである。
少年はジャイアンツ応援グッズのダブルバットを軽やかに振ってリズムにノリノリで絶好調である。
まあ、当たり前であるがあたしみたいなにわか応援団ではないので勝手に身体がリズムに乗っているのである。
こちらの少年は同じくジャイアンツグッズのカンフーバットでリズムにノリノリであるのである。
応援はいよいよ佳境であるのである。
こちらのおじさんはついに小笠原のカードを出しで応援である。
気がつくと、応援団は皆さん首にジャイアンツタオルを首にかけておられるのである。
ううむ、しまった、あたしもジャイアンツ応援団としてタオル持って来なければいけなかったのだ。
ジャイアンツ応援団として失格である。
いつのまにかすっかりジャイアンツ応援団に入団しているのである。
人はその場の環境で朱に交われば真っ赤っ赤であるのである。
外野席の皆さんが大荷物を持ってたわけがわかってきたのである。
ユニホームもないダブルバットもメガホンもない選手の応援カードもないチームのタオルもないまるっきり手ぶらのあたしはこの外野席では不謹慎極まりない身支度であったわけである。
前の子連れのお父さんだってちゃんとメガホンを持ってジャイアンツタオルを首にかけてるのである。
ああ、あたしはなんてことをしてしまったんでありましょうか。
てなどーでもいいことをいってるうちに試合はどんどん進んで、応援合戦はいやがうえにも盛り上がって、応援団は立ち上がって応援であるのである。
これ、内野席で立ち上がると後ろの席の人に怒られるのであるが、外野席では皆さんが立ち上がるので立ち上がらないと恥ずかしいのである。
それで、立ち上がって応援のリズムに合わせて手拍子とって手を振ってると、どうもこれ、ものすごく気持いいのである。
気功で身体を動かしてものすごく気持ちよくなったときと同じ感覚であるのである。
つまり、β-エンドルフィンが放出されてギャバ神経の抑制がとれてドーパミンが放出されるわけである。
ああ、なーるほど!と、ここで、なんで友人が「外野席でなければ野球の面白さはわからない」と言ってたのか理由がわかったわけである。
試合なんか見えなくてもいいわけである。
立ち上がって拍手して手を振ってわめいて歌って応援することで「気持ちよくなる」ので、それでやみつきになるわけである。
まあ、一種の中毒であるわけであるが、健康に大変よろしい中毒であるのである。
しかし、それで、ピッチャーが打ち込まれたりしてチームが負けたりすると、がっかりしたり、人によっては怒り出したりして、その健康効果は台無しになるわけである。
まあ、それでも3時間に渡って立ったり座ったり拍手したり手を振ったりわめいたり歌ったりであるから、まあ、運動、呼吸法と考えても大変よろしいわけであるが、あたしみたいにおつまみセットでやきとり付きのでかい紙コップ入りビールを飲んじゃう人は意味がないかもしれないのである。
まあ、とにかく応援自体は身体に大変よろしいので、とにかく負けても勝っても応援することが嬉しくてたーだひたすら応援するというのがよろしいわけである。
つーことでひとつ、どうかね、どれどれ。
Camera : RICOH GR DIGITAL Ⅲ
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