気功師象師匠の目に映る人生の日々である。人生は旅である。旅は癒やしである。癒やしは神である。癒やしである神のいる風景を求めて現世この世を徘徊するわけである。徘徊かよ。
2011年9月5日月曜日
修善寺境内で浴衣娘が自画撮りうふん
我が師真言宗開祖弘法大師空海であるのである。
とはいってもこの石像のモデルが空海であるわけもないので、まあ、こんな感じかねーつーことである。
身も蓋もないのである。
本堂には善男善女が次々にお参りして我が師空海の霊力によるご利益に歓喜して明日の生活の礎(いしずえ)とせんとするのである。
その光景を霊写してあたしの霊格もさらにどこへ行こうか明日はどっちだ。
つまるとすぐこれである。
そこへ浴衣のカップルもご到着で、おねーさんがケイタイで記念撮影であるので、あたしも記念霊写であるのである。
おねーさんが自画撮りをしているので、もちろんあたしはそれを自画撮り霊写であるのである。
ううむ、自画撮りの使い方が間違ってるかもしれんが、まあ、この浴衣は観光客用のレンタルであるそうである。
あたしも浴衣をレンタルして自画撮りをしてみたいもんであるが、あたしが着たらどう着ても旅館の寝間着であるのである。
ううむ、なんだなあ、こーゆー光景ね、これがなんともいいね。
与えられた人生を文句も言わず営々と過ごしてきた迫力があるのである。
あたしもかくありたいもんであるが、あたしはこのとおりであるので、神にも仏にも文句をいわずにおれないのである。
いけませんねえ、波動計の針が右側に振れますよ。
百度石である。
一回くぐると御百度を一回踏んだと同じになるわけである。
まあ、マニ車みたいなもんかね。
つーことであたしは3回くぐったのである。
300回お参りしたことになるのかしらん。
いや、知りませんけど。
Camera : RICOH GXR A12 28mm
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