気功師象師匠の目に映る人生の日々である。人生は旅である。旅は癒やしである。癒やしは神である。癒やしである神のいる風景を求めて現世この世を徘徊するわけである。徘徊かよ。
2011年9月7日水曜日
修善寺界隈散歩で虎渓橋の欄干擬宝珠も霊写
修善寺界隈を散歩散策霊写除霊大祈祷してみるわけである。
修善寺の前に流れるのが桂川で、横断歩道の先に見えるのが虎渓橋であるのである。
虎渓橋の向こうがいわゆる修善寺温泉であるのである。
まあ、温泉に入る予定はないのであるが、虎渓橋を渡ってみるのである。
後ろを振り返って修善寺の山門入り口の横には昔懐かしい形の郵便ポストであるのである。
なかなかいろいろとトータルに観光地としてのノスタルジックな町の雰囲気が演出できているのである。
さて、横断歩道を渡って虎渓橋を渡ると、竹と民芸福の神猫ちゃん有料駐車P入り口1時間300円であるのである。
竹と民芸を何か買えば1時間無料であるのであるが、竹と民芸を買う予定はないのであたしの車は500円払って他の有料駐車場に停めてあるのである。
ううむ、ものすごい無駄話であるのである。
右側は独鈷の湯公園があるらしいのであるが、興味がないので見に行かないのである。
その左の路地を見ると、木彫ミニミニ民芸わっかわいいミニ民芸品筥湯の前木彫りと民芸品湯川屋であるのである。
筥湯は「はこゆ」と読むのである。
伊豆最古の温泉場として栄えてきた修善寺には、かつてこの桂川沿いに9つの外湯、独鈷の湯・筥湯・新湯・河原湯・石湯・乳児の湯・馬の湯・杉の湯・瀧の湯があり、それぞれが入浴客で賑わっていたそうである。
しかし昭和20年代には「独鈷(とっこ)の湯」だけが残って往時を偲ばせるのみとなっていたが、ここも観光スポットとして公開されているだけで、公衆浴場としての法的な条件で入浴はできなくなっているのである。
そんな状況下で、平成12年2月、高さ12mの仰空楼(望楼)を併設する「筥湯(はこゆ)」が復活したのである。
筥湯は鎌倉幕府二代将軍源頼家が入浴していて襲われたという、実に由緒ある外湯であるのであるが、別に筥湯に入る予定もないので見に行かないのである。
大変いい加減な修善寺界隈紹介であるのである。
さて、戻って虎渓橋から向こうに見えるのが渡月橋であるのである。
修善寺の町一帯がよくお掃除が行き届いて、桂川の水もゴミ一つなく実に綺麗で、さすがに観光協会商店会町内一丸となって商売熱心で観光資源を大事にしているのがよくわかるのである。
情緒もなんにもない解説であるのである。
虎渓橋の反対側には独鈷の湯と足湯と桂川の上流の方の景色が見えるのである。
欄干の擬宝珠(ごぼし)越しに桂川を霊写してみるのである。
渡月橋の脇の道である。
車2台がすれ違えないこの細い道を通って修善寺の町へ入ってきたのである。
まあ、これが数百年前からのもともとの街道の幅であったわけである。
車社会になって、古道はどこも車の幅に拡幅工事されて、昔の面影がなくなってしまったのであるが、ここは身動きとれない事情があるのかどうなのか、よろしい雰囲気を残しているわけである。
Camera : RICOH GXR A12 28mm
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