気功師象師匠の目に映る人生の日々である。人生は旅である。旅は癒やしである。癒やしは神である。癒やしである神のいる風景を求めて現世この世を徘徊するわけである。徘徊かよ。
2011年11月25日金曜日
清水観音堂・参拝
まあ、とにかく清水観音堂であるので、観音様にお参りするわけである。
観音様であるから、あたしみたいな神も仏もない自堕落な不届き者もその偉大なる慈悲よってお救いくださるのであるが、まあ、あちら様にも都合あるのでどーだかわからない場合もあるので、あたし同様に自堕落な方はその点をご了承いただきたいわけである。
あたしは何を言ってるんでしょうか。
ううむ、2日がかりのパソコンのリカバリーでおつむがぱーであるのである。
仕事にも多大なる差し障りが出てるのであるが、脳みそにも多大な差し障りが出てるのである。
いっぱつCoffeeを入れるのである。
なにしろCoffeeであるのである。
珈琲でもいいのである。
文章がてきとーであるのである。
さて、Coffeeを飲んだのである。
UCC有機栽培コーヒーであるのである。
どうなんでしょうか。
おお、さすがは有機栽培コーヒーだ、効き目が違うぞ、飲んだらおつむもすっきりあそこもむっきりだ。
神の写真って大見得切っといてあそこもむっきりって、違う方に効いてる気がする。
この清水観音堂は東京都台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山の寛永寺の書道のひとつである。
寛永寺は東叡山寛永寺円頓院と号し、開基(創立者)は徳川家光、開山(初代住職)は慈眼大師天海大僧正である。
本尊は薬師如来であるのである。
天海大僧正は寛永二年に、徳川家二代将軍である秀忠から寄進されていた上野忍が岡に平安京と比叡山の関係を手本とし、「東叡山寛永寺」を開いたのであるのである。
これは同時に、比叡山が京都御所の鬼門を守護、王城の鎮護を担うと伝えられることから、江戸城の鬼門の守りをも意味しているわけであるのである。
寛永寺は徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であり、徳川歴代将軍15人のうち6人の皆さんがここにお眠りになっているのであるのである。
つーことで、おにーさんもお参りしておられるのである。
Camera : RICOH CX1 写真サイト
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿