2011年5月4日水曜日

ジャーマンアイリス 3


まあ、よほどマニアックな人以外は、人は花を見ると気持ちよくなるのである。

これは花の艶(あで)やかな色と形を見ると、脳が刺激されてよろしい脳内ホルモンが出て気持よくなるわけである。


この「気持ちよくなる」というのが何事に付け健康法の重要なタームであるわけであるが、これはよろしい脳内ホルモンの放出があるからであるのである。

このよろしい脳内ホルモンというのはストレスを緩和するのである。

まあ、ご存知のとおりストレスは活性酸素などを発生させるもととなり、万病のもとであるわけである。

しかし、まるっきりストレスがないというのもこれ、ぎゃくに活性酸素除去能力を低下させてよろしくないわけであるが、現代社会ではあっちこっちでストレスだらけであるので、ほとんどの人は過剰なストレスでお悩みであるわけである。


つまり花はこのストレスを緩和するわけであるから、花を慈しんで育てて悦に入っている人は、自分を慈しんでいるということであるわけである。

花は虫以外のあたしたちにも実にありがたい生命体であるわけである。


また、よくいわれることであるが、花はどこかエロスに通じるものがあるわけであるが、そこがまたあたしたち見るものの細胞を活性化させるのである。

プラトンおじさんによると、エロスとは絶対的な美と善を永遠に追い求めてゆく衝動的な生命力のことであるのである。

なにしろ「衝動的」であるのである。


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2011年5月3日火曜日

大國魂神社・拝殿


さてさて、頼まれもしないのに、見ず知らずのおじさんおばさんお兄さんお姉さんに憑いた邪神邪霊のお祓い大除霊も済ませて、体内の不浄のものも排出浄化して、いよいよ大國魂大神に参拝の運びとなったのである。

拝殿では老若男女がどんどん参拝をなされて大神様のご利益にあやかろうとお子様もご一緒に拝み倒しておられるのである。


あたしだって負けてはいられないのである。

皆さんに混じって怒涛の拝み倒しで大神様の神気を受けてチャクラを活性化させるのである。

まず、何はともあれ賽銭箱に清水の舞台からダイビングの気合いで大枚1千円也を入れて、へてから、ううむ、神聖な拝殿の前でへてからはないか、まあ、いい、とにかく、一揖(いちゆう)して、まあ、一揖てのは軽く礼をするのね、へてから、いや、へてからじゃなくて、先に進まないからまあいい、とにかく一揖してから二拝二拍手一拝して最期に再度一揖するのである。

どうですか皆さん、まず一揖でありますよ、その後、二拝二拍手一拝して、まあ、二礼ニ拍一礼でもいいのであるが、さらに一揖であります。

くれぐれも大神様にしっつれいがあっちゃいけません。


神様ってのはご存知のとおり肝っ玉が小さいですから、ちょっとでも気に入らないとすーぐバチ当てられますから、もう先方様のゆーとーりにやることが肝要であるのでありますよ。

こちらも努力もしないで神頼みでなんとかしようなんてろくでもない輩でありますから、大きなことはいえません。

あたしが神様にはお礼を言うだけで絶対にお願いしてはいけないと口をすっぱくして言ってもそんなこたあ聞く耳もたないでしょうし、どなたも面識も紹介状もない神様に一方的に金が欲しいとかいいおねーちゃんをなんとかして欲しいとか言いたい放題で身勝手なことをお願いするわけですから自分の立場というものをわきまえて粗相のないようにしなくちゃいけません。


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2011年5月2日月曜日

大國魂神社・御祈祷受付所


宇宙の彼方より降り注ぐ天照皇大神のエネルギーを手のひらにいただく皆さんの波動に誘われて集まったものを頼まれもしないのに式神を降神して浄化浄霊除霊して差し上げたらやっぱりトイレに行きたくなったのである。

これはなんでかわからんんが浄霊除霊の後はトイレに行きたくなるのである。

知人の気功治療の大センセイに「なんでか?」と聞いたら、「なんでかはわからんがボクもトイレに行きたくなる」というご意見であるので、まあ、体内に取り込んだ不浄なものをいっしょに体外に出すということであると思うわけであるが、あたしにも理由はわからんのである。

象師匠にもわからないことはあるのである。

神のお筆先でお授けのまま書いてるだけであるので、本人はごくいいかげんな霊能者であるのである。


さて、トイレはどこかと探したが見当たらないので、誰かに聞こうと思ったら、あそこに何やらよろしい香りがなさるのである。

おお、あの巫女さんに聞いてみるしかないのであるが、ううむ、巫女さんにトイレの場所を聞くのもなんであるが、しょーがないのである。


ううう、妙齢のお嬢さんではありませんか。

この人にトイレの場所って、恥ずかしいが他に聞く人もいないので聞くのである。

それで、とにかく「あのー、すいません、トットットイレはどこでありましょうか」と聞いたらば、「あちらの社務所の建物の裏です」と教えてくれたのである。

当たり前である。

知りませんなんていうわけはないのである。


それで、ものすごく遠い社務所の裏の奥にあるトイレであるのである。

さわやかに憑依霊地縛霊浮遊霊などといっしょに水洗のお水で流して、身体をすっかり清浄に戻してさて、改めて大神様の前に参るのである。


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2011年5月1日日曜日

大國魂神社・光を受ける人達2


この皆さんはいつまでたってもお空を仰いで天照皇大神のお光を手のひらにいただいておられるのであるが、中には飽きてしまって後ろ手に組んでるおにーさんもおられるのである。


「これこれ、そんな不信心なことではありがたい高天原に神留ります八百万の神々のご利益はいただけませんよ」とおにーさんに念を送ってみたのであるが、おにーさんは振り向きもしないのである。


こちらのお二人にも念の波動をこれでもかとお送りしてさし上げたのであるが、だーれも感応しないのである。

ああ、皆さんただのあれこれ信じやすいふつーの人で、あたしだけがぱーの人だったのである。

あたしの霊気の波動でこの皆さんの肩や首の周囲にとり憑いておられた眷属神や浮遊霊地縛霊の皆さんが感応して寄って来られたのであるが、おまえさん達には用はないということで無碍に式神を呼んで祓ってあげたのである。

大霊能者象師匠が無料で大除霊であるのである。

ああ、ありがたいありがたい。

あたしのおつむは大丈夫なんでしょうか。


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大國魂神社・光を受ける人達1


はてさて、あちらの方から漂(ただよ)ってくるわけのわからんお幸せの気はなんなんでしょうかとゆーことで、カメラはさらに寄ってみるわけである。

皆さんで天を仰いで天照皇大神の放つ神の光のご利益を手で受けてご満悦のご様子であるのである。


まあ、手は気を一番感知しやすい部位であるうえに、重要な気の出入口でもありますので、まあ、そこに太陽からの電磁波である光を受ければ、それなりに体内は活性化しますので、やってることはあながち間違いでもないわけであるのであるが、まあ、信ずるものは救われるわけである。


緑のおばさまが指導者なのかなんなのかいろいろ解説してるようでありますので、さらに寄ってみるわけであるが何を言ってるのかわからないのである。

まあ、あたしみたい話し声をファミレスで注意されるような1里四方に響き渡る大声だと、この手の教義なんぞの場合には差し障りがあるでしょうから、小声の方がいいとは思うのであるが、それにしても小さくてわからん。


神のご利益を願い手のひらに天照皇大神の神気霊気を受ける皆さんの背中の周囲には、皆さんには見えないいーろいろなものが寄り集まってきて、さらにてんやわんやの面白状態であるのである。

まあ、神社にはそこに所願を建てる人の情念想念が集積して属神眷属となり境内にうようよしており、それが同様の霊気波動を求めて寄り集まるわけである。

たとえば欲のための所願を建てるようなうっかりした心持ちで神社に参ると、その波動に感応したわけのわからないものを背中に背負ってお帰りになるのである。

欲のための所願とは「神に何かを願うこと」であるのである。

神は願いを聞くことはないのである。

まちがっても、願い事をしてはいけないのである。

神社参拝というのは霊験があろうとなかろうとひたすら感謝の気持ちを神に伝えることであるのである。


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