気功師象師匠の目に映る人生の日々である。人生は旅である。旅は癒やしである。癒やしは神である。癒やしである神のいる風景を求めて現世この世を徘徊するわけである。徘徊かよ。
2012年7月3日火曜日
深大寺門前町を歩く
東京都調布にある深大寺の門前町を歩いてみたのである。
まあ、これ、実は仕事で近くまで来たので、昼飯に深大寺そばを食おうてなことで、鈴屋さんつーお店の有料駐車場に700円払って車を停めて立ち寄ったのであるが、ついでに深大寺に参拝して周囲をうろうろ歩きまわって写真も撮ったのである。
深大寺の門前町参道の入り口に、調布市にお住まいの水木センセーのキャラクターがお立ちのお茶屋があって、まんじゅうだのころっけだのを売ってるのであるが、そばを食いに来たので、まんじゅうもころっけも食わなかったのである。
それで、まあ、以前来た時にはこんなに店が多かった印象はなくて、参拝客なんかだーれもいない森閑とした参道の森の中に数軒のお茶屋風のそば屋があるだけで、その一軒の店先の縁台で深大寺そばを食って帰った記憶しかないのである。
それが、意外や意外、この日は平日であるのに大変な人数の参拝客で、さらに観光バスから降りてこられた中国人観光客の皆さんが、当たり前であるが中国語をわめきながらデジカメ持ってあちこち撮りながら群れをなしてお歩きであるのである。
これ、昨今のテレビ番組で頻繁に取り上げられてるせいなのかなんなのか、観光地化して参拝客とゆーよりは観光客がぞろぞろ歩いていて、店も爆発的に増えて大賑わいであるのである。
まあ、そうはいっても鎌倉ほどではないのであるが、それでも以前のだーれもいない森閑閑散とした印象を知るあたしには「こーら、びっくりね」つーぐらいびっくりしたのである。
日は流れ時は移り、今生きている瞬間の風景情景を記憶に写し撮りながら、記憶の川の流れに流されて過去となるのである。
まあ、なんでもいいや。
Camera:RICOH GXR A28mm
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