2019年2月21日木曜日

高幡不動尊のござれ市で紅富士の掛け軸を買う



まあ、毎年の我が家先祖伝来の恒例で2月あたりに高幡不動尊の火防守りのお札を買いに、いやもとい、いただきに行くのであるが、ついでに第三日曜に開催される骨董市のござれ市もご見学になるのである。


やはり敬虔なる仏教徒であり神の使途であるややこしい生まれのあたしとしては、ううう、何を言いたいのか自分でもわからんので、どーでもいいやね。


それで、今年のござれ市に来てみると去年までとなんとなく雰囲気が変わって、まず外人観光客が多いのである。



さらには、マニアが集まる骨董品の店が少なくなって、土産物的なものが多くなっているのにあーらびっくりねである。


まあ、市の名称がなんでもござれのござれ市であるから、まあ、それはそれでよろしいわけであるが、それでも雰囲気はそれなりである。


若いおねーさんや家族連れも多く、以前の骨董マニアのうらぶれたおじいさんばかりという雰囲気ではなくなって、なんとなく華やいだおもむきである。


骨董好きのおじいさんよりも女性客が多いので、骨董市というよりはリサイクル市てな方向に向かってるのかもしれないのである。


まあ、いずれにしても、あたしにとってはゴミの集積場的なおもむきであるので、ゴミに埋もれて漂い歩くてな雰囲気に浸るばかりであるので、ござれ市の経済効果に貢献しないことおびただしいのである。


これは筆や文鎮のたぐいであると思われるのであるが、これにもまったく興味がないので、価値はまったくわからんのである。


これはとっくりか甕(かめ)のたぐいであると思われるが、いっしょにペコちゃんの絵のペールや粉ミルクのの空き缶も置いてあったりして、コンセプトがいまひとつわからんが、わかる人にはわかるかもしれないのである。


マネキンの生首を売ってるのではなく、どうもアクセサリーの類いを首にかけて展示してるもようである。


店主のおじいさんがなかなかの雰囲気で、あたしもこんなふうに露店の店先に座って人生を楽しみたいが、客の相手がめんどくさいので無理である。


これはなかなかわかりやすい品ぞろえであるが、陶器も磁器もガラスの器もぜんぜん興味がないので、なんだかわからんのである。


いつものてきやの焼きそば売りのおじさんの店も出ていて、親子連れが焼きそばやたこやきなんかを食ってるのであるが、あたしはこのあとスペイン料理を食いに行く予定であるので、スルーである。


広い店もあれば畳半畳の店もあるので、これは広さによって料金が違うと思うが、ここに店を出すにはどこへ問い合わせればいいのかと考えるだけでもめんどくさいので、骨董の露天商になるのは無理である。


まあ、以前は日に焼けてまっくろけのおっさんの店主が多々おられたのであるが、おなじみのおっさんが数人おられなくなって、女性の店主が多々増えておられるのである。


もちろんこのコンテナの中身も商品であるので、廃棄するわけではなく売ってるのである。


赤い防火用水のドラム缶も売ってるのであるが、これをこのござれ市で買うのはどんな人なのかと思うのはあたしだけではないと思うのである。


このなんかわからんものも500円均一で売ってるのである。


さらになんだかわからんものも、値段がついて売ってるのである。


これはバケツのたぐいであると思われるが、T4と書いてある番号札はなんなのかは不明である。


この店のカウボーイハットにマフラーの店主はファッションも粋であるが、英語が大変堪能で、白人女性と普通に会話してらっしゃるのである。

まあ、もちろんコミュニケーション能力にそれなりに卓越した皆さんであるので、英会話だって卓越してるのは当然であるが、外人観光客が増えてる事情で、英語での対応がそれなりに必要なのは浅草などと同じ状況であるわけである。


以前のいかにも骨董屋のおやじという風情の店主が減った代わりに、ファッショナブルなおっさんが幾人かおられて、時代の流れというのか、某つげ義春せんせーのうらぶれた風情がなくなってゆくのも多少の寂しさとともになつかしむあれこれである。


この店主もかなりのご高齢であるが、えーごで外国人女性に、その商品は大正時代のものであるとご説明してるのである。


ご高齢な店主も多々おられて、もちろんご高齢の客も多々おられるので、需要と供給が合致しているわけであるが、論点がちがってるかもしれないのは無論である。


左からブリキのおもちゃと将棋の駒形の武者絵と招き猫とお雛様と羽子板と女性用のバッグとティッシュケースという、まったく統一性のない品ぞろえであるが、まあ、新品ではないというところに統一性があるわけである。


ほとんどがテントのない路上に並べられているので、雨が降ると即撤退といういわゆるお天気商売であるが、まあ、雨が降ったら誰もこないので、やっぱりお天気商売である。


このへんで聡明な読者はお気づきと思うが、撮ってきた写真を全部使いたいわけである。

とにかく、あたしゃこの雰囲気が好きであるので、それがいくばくかでも伝われば幸いである。


ガラスの空き瓶、靴箱のカギ、ただの石、クリップ、ボタン、調味料立て、電線の碍子、シッカロールの空き缶、ペーパーナイフとなかなかのファンキーな取り合わせであるが、なんとなく古物感がでていて、マニアには雰囲気を楽しめるディスプレーである。

いや、わかりませんが。


頻繁に客に声をかける店主もいれば、黙って座ってる店主もいるのである。

あたしは黙って座ってる店主になりたいが、すぐ飽きるので無理である。

どうしても骨董市の店主になりたいのかよ。


とにかく、人によっては宝ものであり、人によってはゴミであるが、つまり、物の価値は心の価値であるわけである。


いわゆる茶器の店であるが、茶道についてはなんのたしなみもないので、当然、茶わんの価値なんかわかるわけもないのである。

まあ、あたしゃある意味で物欲がないので、骨董品や宝石から一番遠い人間のたぐいであるかもしれないのである。

じゃあ、なにしに骨董市にきてるんだ?という声もあるのは当然であるが、まあ、来て見りゃわかるてなことである。


いわゆるパワーストーンのたぐいであるが、そのパワーは買った人の心のありかたしだいであるのは言うまでもないことである。


五重塔の下でも何かいいものはないかとあさりまくる皆さんで大賑わいである。


それでふと見ると、なにやら掛け軸らしきものを店主が拡げておられるのである。

見てみると真島東紅センセーの紅富士である。

ううむ、これは欲しい。

しかし、先客がいるので、実に残念である。


しかし、しばらくして戻ってみると、交渉が不成立だったらしく、その掛け軸が箱入りでまだ置いてあったのである。

それで、絵を確かめてみたら印刷ではなく肉筆本物である。

それで店主のおじさんに「いくら?」と言ったら、「500円」「えええええええ、ごっごっごっごしゃくえん?」てなことで即刻お買い上げである。


これがその紅富士飛鶴の掛け軸である。

木立の奥行といいい、雲海から垣間見える富士の雄大な描写といい、その前を飛ぶ鶴の景色といい、さすがは東紅センセーの本物である。


でも、確認のために箱書きをみたら、これが東紅ではないのである。

教養が邪魔してよくわからんが、おそらく東祝てなサインである。

東祝ってだれだ?

しらんがな。

まあ、500円だから。


それで、本来の参拝目的の火防守りのお札である。

これでわが道場も火の災厄から守られるのである。



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2019年1月4日金曜日

鎌倉鶴岡八幡宮・三の鳥居前(2019年元旦)



まあ、北条の末裔の由緒正しい百姓の家系であるあたしは、何があっても、毎年正月に鎌倉の鶴岡八幡宮にご参拝申し上げるのである。

いずれにしても、象気功のモットーはなにはなくとも神頼みである。

人生は神のおぼしめし、あるいは、どなたかのプログラミングで、なるようになるし、なるようにしかならないのである。

そのためにあたしらゴミクズ衆生のなせるゆいいつの手立ては、日々、ありがたいありがたいと申しあげて、神のお告げをひたすら身体をすまして聞き分けることである。

言い方を変えると、身体の望む方向に向かうということである。

身体とは細胞である。

細胞の意思が脳に反映し、無意識化の想念を作り出し、その方向を作り出すのである。

すべては細胞が勝手にやってることであるし、さらにいえばDNAのおぼしめしである。

もっといえば、この世にはめ込まれたあなたの素粒子の意思である。

そのはめ込まれ具合いによる素粒子の意思により、行動が左右され、寿命が左右され、貧富が左右され、運気が左右され、苦楽が左右され、幻想としての人生をお楽しみになるわけである。

それがあなたのお役目であり、運命であり、宿命である。

釈迦はそれを縁起と喝破なされたわけである。

お前はあほか。

ううう、正月からあたまがパ~だ。

それもこれも、大発会のご祝儀相場で一儲けを企んでるのに、ちゅーごくとのいざこざで大幅に下方修正した米appleショックのおかげで、朝っぱらから日経が2万円割れの700円安であるからである。

正月から縁起でもない展開である。

この昨今のむちゃくちゃな変動は、プログラミングによるアルゴリズムの高速取引さらには超高速取引という名の神のおかげである。

てなことで、あたまのちょーしもことごとく株価に左右されるので、よくもわるくも、人生の根幹は経綸にあるわけである。

経綸であって競輪ではないのである。

ちょっとなにいってるのかわかんない。

わかるだろ。

えーと。

おわり。

おわりかよ。

今年も正月からこれかよ。

若宮大路段葛(だんかずら)の夜である。


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2018年11月17日土曜日

甲州街道小原宿本陣



相模湖(神奈川県)の近くの甲州街道小原宿の本陣である。

本陣であるので、かつてはお大名が参勤交代の際にご宿泊になったわけであるが、昨今の状況からみるとじつに狭く簡素なお部屋であったという、感慨深いご見学である。

表門から玄関まで撮影して、さらに裏門から裏口を見て玄関までという、実に丁寧に行き届いたロケである。

この施設は二百数十年前からの保存であり、公的な予算が下りているため、お掃除も植木の手入れも行き届き、ご案内のおじさんもおられて、無料で内部や展示物をあれこれ説明していただけるのである。


玄関の上り座敷にある大名駕籠はレプリカのため乗車OKである。

当時の皆さんの身長が150㎝程度とすると、まあ、問題はないのかもしれないのであるが、試しに乗ってみると、とにかく窮屈で、降りるのに四苦八苦するのである。

この本陣の当主は地域の名主庄屋てな立場で、税の徴収などの公的な役目を持つ大地主であったそうである。

この家の屋根裏では養蚕を行っていたということで、四層建てになっているのである。

また、醤油絞りの道具や唐箕などの農家で使われた当時の道具があれこれ残っているので、歴史マニアや骨董マニアにはたまらんあれこれである。

もちろん、あたしは歴史マニアでも骨董マニアでもないので、まったく興味も関心もないが、仕事の通りがかりのお楽しみにあちこち探検隊である。

秋だしね。

まあ、こんなとこかな。


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2018年11月9日金曜日

中之条ダム(群馬県)の天端を歩く



中之条ダム(なかのじょうだむ)は群馬県吾妻郡中之条町大字四万字殿界戸29-1、袋内18-2にあるアーチ式コンクリートダムで、ダム湖は四万湖である。

さらに上流に四万川ダムがあり、そのダム湖は奥四万湖であるが、ややこしいなんて言わないで、ダムマニアとしてはしっかりと区別しないといけないのである。

誰がダムマニアだ。

まあ、とにかくその中之条ダムの天端(てんば)をてくてくと歩いて往復である。


天端というのは堤体(ちょうだい)のてっぺんのことであり、たいていは歩道や車道になっているのである。

堤体というのはダムや堤防の本体のことであるが、ちなみに堤頂長(ちょうていちょう)は堤体のてっぺんの長さのことであり、堤高(ちょうこう)は堤体の高さのことである。

中之条ダムの堤高は42mで、堤頂長は118.2mであるが、そんなことを数字で理解するのは無理であるので、動画でその高さと距離を実感していただきたいわけである。

ところが、靴がダッドシューズの帝王のホカオネオネであるせいか、勝手に足が進む半面、動画がホカホカ揺れてあらいやんである。

ホカオネオネについてはなんのことかわからん向きも多かろうとおもうが、ちなみにあたしが履いているのはプロレスラーの棚橋選手もご愛用のボンダイ5である。


ダムとまったく関係ないと思う向きもあるとは思うが、立つこと歩くことが気功の基本であるのはいうまでもないことであるので、靴の性能は気功家としての生命線でもあるわけである。

さらには、人生の暇つぶしとして観光地を歩きまわるのが趣味であるあたしとしては、靴イコール人生といっても過言ではないわけである。

てきとーにキーボードを打ってるなとお気づきの読者もおられると思うが、すまん。


行けば帰るのは当たり前であるが、ダムマニア以外には退屈極まりない往復の動画をアップするというのはこれでなかなかの勇気である。

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