2011年8月10日水曜日

小土肥の商店のおばさんに会いに行く


まあ、小土肥(おどい)浜の海岸の思い出の記憶は大脳皮質の引き出しの奥深くしまい込んで、もうひとつの思い出の「商店のおばさん」に会いに行ってみるのである。

おお、たしかあの酒と書いてある建物である。

その頃は毎年夏の終わりにこの小土肥に来て、誰もいない砂利浜の海岸でこれでもかとへとへとになるまで死ぬほど泳いで、夕方になって暗くなって潮風が涼風になったころ、灯りがほんのりとついて外に野菜なんかを並べてるこの商店のおばさんのところでジュースやアイスクリームなんかを買って、その涼風に吹かれながらこの漁村をぶらぶら散歩なんかして、「ああ、気持ちいい」なんて身も世もなくとろけて、やめられなくなって毎年来てたのである。

そのおばさんの商店はまだりっぱに現存なさっておられるではありませんか。


おお、この路地も左側は少し変わってるが、記憶にあるのである。

うううう、止めどなく涙が溢れてくるのである。

もう、こうなると何を見ても涙が溢れて世間は滲んであたしの心はあらうふんであるのである。


このブレーカーや壊れたモーターみたいなもんが入ってる箱はなんだろうか、あのころもあったのかどうなのかは記憶が定かでないのであるが、そのころは蓋があったのかもしれないのである。

まあ、なんでもいいが、もうすぐ、あの商店のおばさんに会えるのである。

とにかく、20年以上の歳月を挟んでの再会であるのである。

感動であるのである。


あららららららららららららららららららららららららららあああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっ。

やってない。

閉店ガラガラである。

自販機が数台並んでるだけである。

右側半分はダクトなんかがついてなんかの作業場になってるようである。


こっちから見てもやっぱりやってないのである。

当たり前である。

ううむ、あれから20年以上であるから、おばさんはあのころどうみても50代後半であったので、もしかすると現在では80歳を超えてるかもしれないわけであるので、おばさんの後を継ぐ人がいなかったんだろうなあ。

まあ、店の建物に酒と書いてあるので、おそらくその頃は酒の配達をご主人がなさっておられて、当然そのご主人も高齢であろうし、亡くなられてる可能性もあるわけである。

まあ、あの頃はあたし以外にもいつも地元の人らしい客がおばさんと話していたりしてたのであるが、この小土肥の漁村も時代とともに当然過疎になってるだろうし、街道筋ならともかくこんな裏通りの商店では商売にはならんだろうから、そら、おばさんがやめれば終わりになるだろうなあ。

ううう、美しい原始の趣きの小土肥の砂利浜は壊滅して、階段状のコンクリートに防波堤の近代的な海水浴場に様変わりしてライフセーバーの見張り台まで立ってて、人生の拠り所の小土肥の商店は閉店ガラガラで、懐かしいおばさんはどこにもいないのである。

いわゆるなんだそのほれあれあれ、ああ、そうだ、諸行無常であるのである。


まあ、いつまで泣いててもしょーがないので、もと来た道を戻るのである。

ああ、あたしの小土肥はこれで終わりであるのである。

もう、二度と来ることはないのである。

おばさんとご家族のご多幸を祈念祈祷して小土肥除霊修祓修了とするのである。


Camera : RICOH GXR A12 28mm

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